Project Case

2021.2.16

【PHASE2】 THE ATLAS OF CACAO CASE1 「焙煎からカカオの個性を最大限引き出す」

大西 陽

FabCafe Tokyo / MTRL

PHASE2
THE ATLAS OF CACAO
– カカオが描く新しい地図 –

 


THE ATLAS OF CACAO

– カカオが描く新しい地図 – 

beyond cacaoが手掛ける本プロジェクトのPHASE2のテーマは「THE ATLAS OF CACAO (カカオが描く新しい地図)」だ。

カカオという言葉を聞いて、多くの人は真っ先に思い浮かべるのはチョコレートたが、それはカカオが秘める可能性の、ほんの一形態に過ぎない。

カカオを材料として見つめ直した時、そこにはどのような壮大な世界が眠っているのだろうか。

東南アジアを拠点に「スペシャルティ・カカオ(ファインカカオ)」を開発するスタートアップWhosecacao(フーズカカオ)と、未来に向けたカカオのまだ見ぬ価値の創造を目指して様々な取り組みを行っているAPeCA(アペカ)は、素材としてのカカオが生み出す新たな価値を創ることに挑むことを目標に「beyond cacao」を発足した。

そのbeyond cacaoの第1歩目の企画となるPHASE1をクリエイティブ集団301と共に2020年1月から4月まで「The New Horizen of Cacao(カカオの新しい地平線)」をテーマに実施。液体 (=ドリンク) をテーマにカカオを多面的に捉えるために異なるシーンで活躍する野村空人 (バーテンダー)、橋本浩一 (料理人)、川野優馬 (バリスタ) をクリエイターに迎え、カカオがもつ隠れた可能性や新たな価値を一緒にプロトタイプとして描いた。ただこれはあくまでもプロトタイプであり、カカオを素材として見たときの1つのアイデアであった。

今回、第2回目となるPHASE2ではTHE ATLAS OF CACAOをテーマ新たに3名のクリエイターを迎え、カカオの焙煎技術の開発、及びプロダクト開発を行った。

本編では2020年4月まで行われたHELLO NEW CACAO PHASE1に続く、PHASE2における実験の記録を全3回のレポートに渡ってお送りする。

【PHASE2】THE ATLAS OF CACAO『カカオが描く新しい地図』連載開始
https://fabcafe.com/jp/magazine/tokyo/beyondcacao_phase2-0

CASE1
焙煎からカカオの個性を最大限引き出す

 

▲コーヒーの焙煎機で焙煎されたカカオ


PHASE2のプロダクト開発に移る前に今回のカカオを加工する上で重要な要素として「焙煎」がある。
近年、品質の高いカカオが増え、シングルオリジンとして楽しむ機会が増えた。その一方でどんなに質の高いカカオを生産したとしても、焙煎によって全てが台無しなる可能性があるといっても過言ではない。わたしたちが今開発しようとしているカカオドリンク開発も、今後プロジェクトで始まるであろう生産地における新しい精製方法の開発(Phase3)においても焙煎技術を避けて通ることはできない。

現時点ではまだカカオで行われているシングルオリジンの焙煎は確立されておらず、多くの場合はオーブンを用いて長時間(45-60min)で行われ、比較的ダークロースト(深煎り)なものが多い。

この場合はカカオ豆のネガティブな印象を焦げによって隠すことができ、味わいは甘さを感じさせる質感やナッツのような香りを感じることができる。
勘違いしてほしくないのは、これはこれで美味しい。しかしシングルオリジンの場合は楽しみ方が異なる。

 

▲コーヒーで用いられる 焙煎機(プロバット社製)でカカオの焙煎を行う等々力八丁目焙煎所の高堂謙一郎


「よい原料をよい原料として感じられうように仕上げたい」

そう語るのは、今回焙煎家として参加する等々力八丁目焙煎所の高堂謙一郎だ。シングルオリジンの場合、適度な浅煎りの焙煎にすることによりカカオがもつ個性を誤魔化すことなく最大限引き出すことができ、消費者は産地ごとに異なる個性をもったカカオを楽しむことができる。もちろん、ネガティブな印象をもったカカオは赤裸々にその印象が味に現れるため、ネガティブな要素をもたない高品質なカカオを用いることが条件である。

今回、使用する豆はインドネシア北東のスラウェシ島山間部標高約1,000mに位置するエンレカンのカカオを用いた。このエンレカンのカカオは2017年からwhosecacaoが現地パートナーと共同で開発を続け、栽培から発酵まで一貫して管理しており、間違いなく高品質なスペシャルティカカオだ。

しかしそのエンレカンのカカオ豆がもつポテンシャルをわたしたちはまだ知らないかもしれない。
今回、高堂と共に焙煎を通じて、このエンレカンのカカオの個性を最大限引き出す試みを行なった。

 

コーヒーとカカオの関係性

 

多くの野菜や果物は生のまま食べることで、その産地の個性を感じることができるが、カカオはそうもいかない。
生のカカオを食べる機会はあまりないと思うが、少しツンとした発酵を感じさせる香りはするが特にこれといって特徴的な味わいをもっているわけではない。むしろ衛生上の関係から生のまま食べることは避けた方がいい。カカオは焙煎を通してはじめて独特な鼻に抜けるような爽やかな苦味と酸味をもつ。

焙煎とは油や水のような熱媒体を用いることなく食材を加熱乾燥させることを示す。
これによって起きる成分の化学反応はメイラード反応、カラメル化、様々な物質の分解や生成が同時かつ複雑に行われており、焙煎による味覚の変化の関係性の多くは未だに解明されていないことが多い。

ましてやカカオにおける焙煎技術の資料は非常に少ない。唯一、今回事前にリサーチを行なった中で参考となりそうな焙煎に関する資料はコーヒーの焙煎技術だった。コーヒーはスペシャルティコーヒーが誕生した1980年頃以降、量から質へと意識に変化が生まれ、焙煎においても早い段階からその重要性から研究が進んでいる。今回、クリエイターとして参加していただいた高堂も元々コーヒーの焙煎家だったが、そのコーヒーの焙煎技術をカカオに転用し、コーヒーとカカオの専門店として、東京・等々力にて「等々力八丁目焙煎所」を運営している。

▲自家焙煎のコーヒーとチョコレート(カカオ)を開発・販売を行う等々力8丁目にある「等々力八丁目焙煎所」


焙煎によって生み出される苦味や酸味物質のうち、生豆の段階から含まれているものは僅かであり、多くは焙煎における焙焦反応によって「個性」と共に新たに生じることが分かっている。例えば苦味は浅煎りほど弱く、深煎りほど強く感じ、酸味は弧を描くようにコーヒーもカカオも焙煎によって変動する。一見シンプルのようにみえるが実際には複雑に多種多様な特性をもった苦味や酸味物質がほんの数秒のうちに刻々と味の変化を起こしている。

そしてスペシャルティコーヒーが誕生した後、向上したのは知識だけではなく、多くのコーヒー機材も共に大きく発展した。例えば微細なコーヒーの個性を安定して焙煎するための焙煎機だ。現在多くのカカオはオーブンによって焙煎が行われている。オーブンは飲食関係者なら設備として持っていることが多く、また他の食材の調理にも使えることから気軽で経済的だが、一方で細かな温度の調整や再現性には欠ける。今回のCASE1では細かな焙煎の度合いを比較するためにコーヒーの焙煎機を用いることにした。

 

▲コーヒーの焙煎における味の変化を元に予想したカカオにおける変化を簡易的に表した図


個性の分岐点

わたしたちが課題としたのはどの時点をカカオの個性の最大化とするか、そしてどのように味の変化を捉えるかだ。

「色々なデザインがあるというか、火入れ1つでコーヒーって同じ原料であっても複数の風味をつくることができるんです。それをカカオにも落とし込むことができることが、コーヒー側の人間からいうと断言できる。」高堂は時間による変化と温度による変化で様々な風味デザインができることをコーヒーとカカオの共通点だと語る。

高堂はまずエンレンカンのカカオを数種類の異なる焙煎の度合いに分け、それらをカッピングといわれる主にコーヒーのティスティングで用いられる手法で味の変化具合と今回のエンレカンのカカオにおける最も適した焙煎具合を探った。またより客観的な意見を取り入れるために、数名のバリスタを招待しカッピングでの検証を行った。

 

▲コーヒーのカッピングと同様のプロセスで焙煎の異なるカカオのカッピングを行った。


今回用いたエンレカンの豆においては数名のバリスタと検証を行なった結果、150-160℃を始点に行われた焙煎が最も個性のバランスが取れ、程良い飲みごたえの中に甘酒、白ワインの甘い発酵感とグレープフルーツ、オレンジを思わせる酸味を感じることができた。

一方で、180-200℃を始点に行われた焙煎に関しては黒糖のようなトロリとした甘さと強い飲みごたえを持っていたが、同時に焦がし醤油やスモーキーな印象と比較的苦味が強かった。120-130℃のものは日本酒や柑橘系のフルーツと明るい印象を受けたが、飲みごたえに物足りなさを覚えた。

これらを相対的に味の変化を追ってみると苦味は焙煎が進むにつれ強くなっていることが分かるが、一方で酸味は焙煎が進むにつれ薄れていくことが分かった。全体的な味わいとしては苦味が強くなるにつれて、他の風味特性が徐々に薄れ、単調なものになったように感じた。逆に焙煎が浅目のものは苦味要素は少なく、明るい酸味特性を持っているが、やはり味わいは単調であり、また飲みごたえに物足りなさを感じた。

 

▲異なる焙煎のカカオをカッピングし、複数名のバリスタと採点し、それらを平均化した図。 154℃前後のものは突飛した特徴は他と比べ少ないが、平均的にバランスがとれていることが分かる。


その要因としては諸説あるが、元々植物の種子であったカカオには多様な糖類が含まれおり、焙煎の過程ではこれらの糖類が様々な風味特性を持った酸を大量に生成する。この糖類の分解によって生成する酸が、味覚としての酸味と特徴的な風味特性に大きく影響するものと考えられている。一方で酸味においても浅-中煎りにかけて酸味物質は上昇するが、適度な焙煎を超えると揮発性の酸味物質に関しては多くは空気中に揮発し、不揮発性のものは分解と一部は苦味物質へと変化し、生成した酸は徐々に消失していくことがわかってる。

これによって焙煎が進むにつれ酸味物質の減少する一方で苦味物質が増加し、味わいが苦さが主体となった単調な味わいになったと考えられる。逆に適度以下に浅い焙煎のものは全体的に味わいを作り出す生成物質が不足していると考えられる。もしドリンクの焙煎としてカカオの個性のピークポイントを設けるとすれば、エンレカンのカカオは今回の150-160℃前後が成分が焙煎によって最も活性化し、多様な酸味物質と苦味物質が生成され、酸味、苦味、そしてその複雑性からくる舌触りや甘味がバランスよく味わいとして引出されているのではないかと考えることができる。

 

▲今回の焙煎技術開発を通して、Drip Cacaoを開発した。 カカオをコーヒーのようにカジュアルに楽しむことができ、カカオを素材にプロダクトを開発する際にもカッピングを通して、素早くそのカカオの特徴を知ることができる。

「カカオの焙煎もコーヒーと同様にさまざまな価値観が存在します。ビーントゥバーの世界でも、雑味を伴う可能性は高くなるが素材本来の風味を最大化した浅く繊細な焙煎もあれば、反対に突出した風味を抑えるために丁寧に舐めしたような深く大胆な焙煎も存在します──。」と高堂は話した。

「今は浅煎りの焙煎が注目を浴びていますが、焙煎方法に正解や不正解はないと思います。その時々の求められる価値によって焙煎を変えます。今回の場合はエンレカンの個性を最大限引き出すためのアプローチを中心に焙煎を行いました。」

カカオもコーヒーにも様々な焙煎の手法が存在するが、どの焙煎が1番適切ば焙煎ということはなく、どちらかといえばそれぞれ異なった価値観として個性をもったという意味合いに近い。180℃を超えた焙煎のものは甘味を感じさせるような強い質感を持っており、130℃以下の焙煎のものは特徴的な爽やかな酸味特性を持ち合わせていた。その中で150-160℃の焙煎のものは程よく酸味と苦味、そして甘い質感が複雑かつバランスよく心地よく感じ、今回のドリンクの焙煎においてはこれが1番適しているのではないかと考えた。

  • 高堂謙一郎

    (株)高堂商店 / 等々力八丁目焙煎所

    2008年、コーヒーロースターとして創業。
    東京下町の祖父が経営する町工場でモノづくりや機械などが身近にある環境で育つ。
    焙煎家としてコーヒー豆の卸販売の傍ら、焙煎機の構造に興味をもち、焙煎機メーカーへの協力や焙煎所設立の際の指導やアドバイザーとしても活動する。現在は東京・等々力にて、ビーントゥバーチョコレート事業「等々力八丁目焙煎所」を立ち上げ、これまで培ったコーヒーロースターとしての経験や技術をカカオ豆加工に落とし込んでいる。

    2008年、コーヒーロースターとして創業。
    東京下町の祖父が経営する町工場でモノづくりや機械などが身近にある環境で育つ。
    焙煎家としてコーヒー豆の卸販売の傍ら、焙煎機の構造に興味をもち、焙煎機メーカーへの協力や焙煎所設立の際の指導やアドバイザーとしても活動する。現在は東京・等々力にて、ビーントゥバーチョコレート事業「等々力八丁目焙煎所」を立ち上げ、これまで培ったコーヒーロースターとしての経験や技術をカカオ豆加工に落とし込んでいる。

Author

  • 大西 陽

    FabCafe Tokyo / MTRL

    ヨーロッパを中心にファッションデザイナーとして活動後、2012年帰国。
    複眼的な視点を持ったデザインを行いたいという想いから、分野の垣根を超えた接点を持つ食の分野に興味を抱く。2014年よりFabCafe Tokyoでディレクター、リードバリスタ、コミュニティマネジャーとして勤務し、FabCafeに集まる多種多様なコミュニティと多くの企画やプロジェクトを立ち上げる。

    担当プロジェクト
    bugology Space Mongology fruitful BUGOLOGY  beyond cacao  THE OYATSU  OLFACTORY DESIGN LAB

    ヨーロッパを中心にファッションデザイナーとして活動後、2012年帰国。
    複眼的な視点を持ったデザインを行いたいという想いから、分野の垣根を超えた接点を持つ食の分野に興味を抱く。2014年よりFabCafe Tokyoでディレクター、リードバリスタ、コミュニティマネジャーとして勤務し、FabCafeに集まる多種多様なコミュニティと多くの企画やプロジェクトを立ち上げる。

    担当プロジェクト
    bugology Space Mongology fruitful BUGOLOGY  beyond cacao  THE OYATSU  OLFACTORY DESIGN LAB

FabCafe Newsletter

新しいTechとクリエイティブのトレンド、
FabCafeで開催されるイベントの情報をお伝えします。

FabCafeのビジネスサービス

企業の枠をこえて商品・サービスをともに作り上げていく
FabCafeのオープンイノベーション